2021年9月

 

決断力について。

 

本日9月1日、
ここ静岡県は緊急事態宣言の
真っ只中です。

 

ここ数日は感染者数も

減少傾向。

でも、自宅療養者の死亡の

ニュースを見聞きする

ようにもなり、

まだまだ混乱の中にいるのだと

安心と不安の狭間を行ったり来たり

しています。

 

そんな中、

B-beeヘルス・ラボで行っている

ヨガのクラスも休止中です。

 

実は当初、8月21日~31日の

10日間の予定でした。

ところが、近隣の感染者数が

思う程減らず

念のため、延長したのです。

 

今回のコロナ騒動に限らず

台風などでも休止の判断を

しなければならないことがあり

決断力や行動力が弱い私に

とってはこれが苦痛です。

 

自分で考え自分で決定し

実行するということ。

大袈裟に言えば

責任を持つ、ということ。

 

コロナウイルスは目に見えず

感染予防の方法も

「これで100%大丈夫!」という

決定打もありません。

流れてくる情報の真偽を見極め

つつ、その都度行動を決めなければ

なりません。

それがお客様の安全を守るため

となると責任重大です。

 

今回の休止延長も

脳みそから汗がにじむほど

悩みました。

そして決定後もウジウジと

考え続けています。

 

決めるというのは私にとって

とても不快なことなのですが

ふと、思いました。

もしかすると決断力とか判断力、

忍耐力などの能力は

こういう経験の場数によって

鍛えられるのではないかと。

 

なんだか

筋トレと似ています。

辛くてきつくてギリギリの感じ。

その後の筋肉痛。

 

ある程度の負荷は

心身の成長に、

きっと必要なのですね。

2021年8月

暑いですね。

 

約50年前から普及が進み、

今や各家ひと部屋に一台

エアコン設置が

あたりまえの現代。

エアコンがあれば

部屋の中は快適、汗もかかない。

でも当然、私たちの体に

悪影響もあるのです。

自律神経が乱されるし、

筋肉量の少ない女性は

発熱量が少ない分、

冷えに悩まされることも。

 

約60年前から広がり

今や成人ひとりに一台が

あたりまえの車。

確かに便利で必要だけれど、

でも、私たち人間から脚力を奪い

公害を起こし、悲惨な事故も生む。

 

約20年前に現れ

あっという間に

人間を操る司令塔の座に

君臨したのは

スマホ。

電車の中で他の乗客を見ると

だいたい8~9割の人がスマホを

操作している。

自転車に乗った高校生3人が

信号待ちで止まった時

同じ姿勢、同じ角度でスマホを

のぞきこんでいた時には、

面白くもあり、悲しくもあり。

スマホが私たちから

知的能力を奪っている

という研究結果は数々あり、

何より衝撃的なのは

スティーブジョブズやビルゲイツが

我が子にスマホを持たせなかった

という事実。

 

私自身、エアコンも車もスマホも

さんざんお世話になっているので

急に無くなられても困るのですが、

それでも、メリットとデメリットを

理解し、依存せず、

正しい主従関係は

保っていきたいと思うのです。

2021年7月

不安感。

 

去年からの1年半は

不安感をベースに

過ごしてきたような

気がします。

 

コロナウイルス感染の不安。

そして今、

ワクチンを打つと

どうなるのか、

打たないとどうなるのか、

という不安。

 

1+1=2というように

正解があって、

共通認識があれば楽なのに

と思います。

 

少しでも正解に近づこうと

ネットやテレビを見ると

研究者、医師、著名人など

影響力の強い人たちが

持論を主張し、

それぞれがもっともらしくもあり

疑わしくもあり。

 

そんなあやふやな

世間の空気にのまれながら

右往左往しているわけですが、

それでも時間は容赦なく過ぎて、

気付けばもう7月。

 

 

コロナウイルスは

我々人類から命、健康のみならず、

時間をも奪っていきます。

 

これ以上、奪われないためにも、

コロナという敵の策略にはまらず

この状況ですら

有意義に過ごせるよう

心を落ち着けていきたいものです。

2021年6月

すでに梅雨。

ジメジメ、どんより、

そうかと思えば

ギラギラ照り付ける

日差し。

自律神経も

対応に追われます。

 

さて、唐突ですが

「合理」について。

 

先日、100均のダイソーに

行きました。

すると店内放送で

「コロナ感染予防の為

お客様が購入した商品に

シールを貼ることはしません。

レシートは捨てずにいて下さい。」

という旨のメッセージが

流れていました。

我が意を得たり。

私は心の中でガッツポーズ。

 

万引き防止の目的でしょう。

レジ袋に入れない商品に

一つひとつ店員さんが

清算済みの目印として

シールを貼ることが、

よくあります。

ただこれは、

コロナ感染予防もそうですが、

エコの面でも疑問です。

わずかであっても

ビニールゴミを増やしています。

そして買ったばかりの商品に

他人からシールを貼られるのは

気分のいいものではありません。(笑)

清算済みかどうかは

レシートを見れば明らかで、

捨てたとしてもすぐそこの

ゴミ箱でしょう。

完全に紛失したというのなら

それは本人の責任ということで

いいのではないでしょうか。

ダイソー、さすが大企業。

その無駄に気付いて

早々に対応したのですね。

 

私たちの生活の中には

慣習だからとなんとなく

続けている不合理が

多々あるのではないでしょうか。

今回のコロナ騒動は

それに気付かせてくれる

大きなきっかけになったとも

言えるわけです。

 

でも、もう充分です。(笑)

2021年5月

GW終了。

GW中は私の暮らす

静岡県沼津市も

大勢の観光客で

ごった返していました。

 

コロナ第4波のさなか

外出を控えろという

政府の呼びかけも

空しく、ある意味

予想通りの結果が出た

というわけです。

この現象を私は

「ダチョウ俱楽部の法則」と

名付けます。

押すなと言われて押しちゃう、

外出するなと言われて

外出しちゃう。(笑)

 

とある本で読んだのですが、

人間の脳の仕組みとして

否定形は情報処理されない

とのこと。

つまり“出るな”と言われたら

“出る”が認識されてしまうという。

 

2年目突入のコロナ騒動。

ワクチン接種も始まり

その是非も議論され、

溢れる情報の中自己責任で

自らの行動を決定して

いかなければなりません。

今ほど強力な決断力を

求められる事って

今後無いのではないか

と思うほどです。

 

自分にとってよい決断をする為には

まず、情報収集。

そして、集めた情報の精査。

それを理解した上で、選択。

何よりも、周囲のムードに流されず

自分が納得できる行動を

選んでいこうと思います。

 

2021年4月

春ですね。

暖かくなって、桜も満開、

春休みの中、友達と出掛ける

子供たちの姿をよく

見かけます。

周囲の華やかな空気の影響か

特別なイベントもない私ですら

なんとなくウキウキしてきます。

 

反面、コロナウイルスとの戦いは

一年を過ぎ長期戦に突入しました。

ウキウキ感と閉塞感が同時並行に

流れるなんともカオスな日々に

戸惑っています。

 

先日初めて、我が町を

ウーバーイーツが

走っているのを

目撃しました。

都会でのみ成立する

サービスと思っていたので

正直に言って違和感。

でも、直線道路を颯爽と

走る姿は、絵になっていました。

 

コロナ騒動によって

いろいろな物事が

形を変えていきます。

今までのやり方、考え方、

風習、伝統。それらに

固執するのではなく

新風をしなやかに受け入れて

自らも日々変化していこうと

思います。

2021年3月

もう、3月です。

気候変動で四季があいまいになり

コロナ騒動の影響で

季節のイベントも無い

のっぺりとした日々の中、

気付けばもう3月。

時の流れは高速です。

 

私が仕事の場で長年心掛け

実践していることが

あります。

それは、「時間を守る」ことです。

運動指導者という職業柄、

そのクラスが

何時に始まり何時に終わるのか

という主導権をこちら側が

持つことになります。

もちろん、○○時~○○時という

大枠は施設のスケジュールで

決まっているのですが、

指導者の都合や気分で終了時間が

5分10分超過することもままあり、

指導者も参加者もそれをサービスと

思っていたりもします。

 

でも、時間は有限です。

「生老病死」。

仏陀が説くように

人は老いて病んで死ぬわけで

ろうそくが溶け落ちるように

線香の火が燃え進むように

人生の残りの時間を刻々と消費して

いるのです。

 

その有限な時間をむやみに人から

奪いたくない。

たかだか5分10分でも、

二度とは戻らない、

また、積み重なれば大きくもなる

大切なものだからです。

 

ただ私の場合、この感覚は仕事に

おいてのみ発揮され

私生活では時間を浪費しまくって

いるわけで。ダラダラと過ごしては

仕事を溜め込みギリギリにこなす

「夏休みの宿題8月31日型」です。

2021年2月

明日2月2日は節分ですね。

節分といえば鬼、

鬼といえば「鬼滅の刃」。

「鬼滅の刃」といえば

丹次郎の黒と緑の市松模様。

漫画もアニメも映画も観ていない

私ですら、連想してしまいます。

 

そんなことをぼんやり思いつつ

歩いていたら、近所のお宅の屋根が

黒と緑の入り混じった柄であることに

今さらながら気付きました。

その家の住人は

「鬼滅の刃」のフアンなのでしょうか。

それとも、偶然か。

 

あるお坊さんの話の受け売りですが、

節分の鬼は貪瞋痴(トン・ジン・チ)という

煩悩を表しているそうです。

貪はむさぼり。瞋は怒り。痴は愚かさ。

仏教では赤鬼、青鬼、そして黒鬼でその煩悩を表し

自分自身の中にいる鬼達を

外に追い出すのが豆まきの

「鬼はそと、福はうち」

であると。

追い出されたからといって鬼は消滅せず

また人の心に入り込むというしつこさ。

 

コロナ禍でまだまだ落ち着かず、

自分の中にも外にもモヤモヤした空気が

漂っているのは、

この鬼達の仕業かもしれません。

ならば明日の節分は大量の豆を買って

たとえマスクの下であっても

「鬼はそと、福はうち」と大絶叫して

盛大に鬼退治、というのは

いかがでしょうか。

2021年1月1日狩野川堤防からの富士山
2021年1月1日狩野川堤防からの富士山

2021年1月

 

あけましておめでとうございます。

 

2020年は、コロナウイルス感染症に

始まり、おさまる気配も無いままに

あっという間に過ぎた一年でした。

 

2021年、まだまだ気を緩めることは

できません。

ウイルス感染も、気候変動も、

大災害も、個人の力では

どうにもなりません。

 

できることは、目の前に起きた事象を

慌てず騒がず受け止めて、その都度

ベストを尽くして対処すること。

 

地道な努力の先に

穏やかな毎日が訪れると信じ、

でも期待しすぎず

過ごしていこうと思います。