2021年4月

春ですね。

暖かくなって、桜も満開、

春休みの中、友達と出掛ける

子供たちの姿をよく

見かけます。

周囲の華やかな空気の影響か

特別なイベントもない私ですら

なんとなくウキウキしてきます。

 

反面、コロナウイルスとの戦いは

一年を過ぎ長期戦に突入しました。

ウキウキ感と閉塞感が同時並行に

流れるなんともカオスな日々に

戸惑っています。

 

先日初めて、我が町を

ウーバーイーツが

走っているのを

目撃しました。

都会でのみ成立する

サービスと思っていたので

正直に言って違和感。

でも、直線道路を颯爽と

走る姿は、絵になっていました。

 

コロナ騒動によって

いろいろな物事が

形を変えていきます。

今までのやり方、考え方、

風習、伝統。それらに

固執するのではなく

新風をしなやかに受け入れて

自らも日々変化していこうと

思います。

2021年3月

もう、3月です。

気候変動で四季があいまいになり

コロナ騒動の影響で

季節のイベントも無い

のっぺりとした日々の中、

気付けばもう3月。

時の流れは高速です。

 

私が仕事の場で長年心掛け

実践していることが

あります。

それは、「時間を守る」ことです。

運動指導者という職業柄、

そのクラスが

何時に始まり何時に終わるのか

という主導権をこちら側が

持つことになります。

もちろん、○○時~○○時という

大枠は施設のスケジュールで

決まっているのですが、

指導者の都合や気分で終了時間が

5分10分超過することもままあり、

指導者も参加者もそれをサービスと

思っていたりもします。

 

でも、時間は有限です。

「生老病死」。

仏陀が説くように

人は老いて病んで死ぬわけで

ろうそくが溶け落ちるように

線香の火が燃え進むように

人生の残りの時間を刻々と消費して

いるのです。

 

その有限な時間をむやみに人から

奪いたくない。

たかだか5分10分でも、

二度とは戻らない、

また、積み重なれば大きくもなる

大切なものだからです。

 

ただ私の場合、この感覚は仕事に

おいてのみ発揮され

私生活では時間を浪費しまくって

いるわけで。ダラダラと過ごしては

仕事を溜め込みギリギリにこなす

「夏休みの宿題8月31日型」です。

2021年2月

明日2月2日は節分ですね。

節分といえば鬼、

鬼といえば「鬼滅の刃」。

「鬼滅の刃」といえば

丹次郎の黒と緑の市松模様。

漫画もアニメも映画も観ていない

私ですら、連想してしまいます。

 

そんなことをぼんやり思いつつ

歩いていたら、近所のお宅の屋根が

黒と緑の入り混じった柄であることに

今さらながら気付きました。

その家の住人は

「鬼滅の刃」のフアンなのでしょうか。

それとも、偶然か。

 

あるお坊さんの話の受け売りですが、

節分の鬼は貪瞋痴(トン・ジン・チ)という

煩悩を表しているそうです。

貪はむさぼり。瞋は怒り。痴は愚かさ。

仏教では赤鬼、青鬼、そして黒鬼でその煩悩を表し

自分自身の中にいる鬼達を

外に追い出すのが豆まきの

「鬼はそと、福はうち」

であると。

追い出されたからといって鬼は消滅せず

また人の心に入り込むというしつこさ。

 

コロナ禍でまだまだ落ち着かず、

自分の中にも外にもモヤモヤした空気が

漂っているのは、

この鬼達の仕業かもしれません。

ならば明日の節分は大量の豆を買って

たとえマスクの下であっても

「鬼はそと、福はうち」と大絶叫して

盛大に鬼退治、というのは

いかがでしょうか。

2021年1月1日狩野川堤防からの富士山
2021年1月1日狩野川堤防からの富士山

2021年1月

 

あけましておめでとうございます。

 

2020年は、コロナウイルス感染症に

始まり、おさまる気配も無いままに

あっという間に過ぎた一年でした。

 

2021年、まだまだ気を緩めることは

できません。

ウイルス感染も、気候変動も、

大災害も、個人の力では

どうにもなりません。

 

できることは、目の前に起きた事象を

慌てず騒がず受け止めて、その都度

ベストを尽くして対処すること。

 

地道な努力の先に

穏やかな毎日が訪れると信じ、

でも期待しすぎず

過ごしていこうと思います。