2022年1月

オミクロン株。

 

ぼちぼち平穏な日常が

戻るのではないかと

勝手な予測をしていました。

あぁ、手ごわすぎる。

 

ホラー映画のワンシーン、

恐ろしい怪物から走って逃げ

何とか振り切ったと

一息ついてもたれかかった

その壁から、ドーン!

太い腕が飛び出す、みたいな。

 

私は、誰の挑戦でも受ける。

(分かる人にしか分からない

表現ですみません。)

ファイティングポーズを
取り続ける所存です。

 

さて、年初。

そして寒い日が続いています。

 

一年の計は元旦にあり、という

ことで、運動の継続を目標に

掲げた方も多いかと。

運動指導者の立場からも、

是非、達成して欲しいと

思います。

そのためのコツとして

最初のハードルは

できる限り低く低く設定して

欲しいのです。

 

例えば、今まで一切運動を

していなかったとして、

ウォーキングの習慣化に挑戦

するとします。

張り切って一万歩を目指したり

一時間以上頑張ったりすると、

三日坊主で終わる可能性大。

なぜなら、体への負担が

大きすぎて膝や腰を痛めたり

疲れすぎたり、

時間も取られ過ぎて

仕事との両立が

難しくなったりと、

止めるべき理由を

自ら作り出して

しまうからです。

そして、挫折。

自己肯定感も低下。

そうならないために、

ハードルを極端に

下げることをお勧めします。

 

例をあげると、

最初は

ほんの10分家の近くを

散歩することから始め

時間があって、

気分が乗っている時は

距離を延ばしてみる、

というのはいかがでしょう。

専用のウエアは

習慣化できてからです。

ただし、シューズは

歩きやすく、衝撃吸収のために

クッション性の高いものを

用意した方が安全です。

マイペースで続けているうちに

体力が付き、

自然と長い距離を

歩けるようになり、

歩くことを本当に

楽しいと感じられるように

なったらしめたもの。

「運動習慣」の

出来上がりです。

 

「漸進性の原則」。

トレーニングにおける

原理原則のひとつです。

トレーニングの負荷や難易度は

少しずつ高めていきましょう、

ということです。

 

是非、この原則に則り

安全で確実な健康づくりを

していくことを

願います。

 

もちろん

B-beeヘルス・ラボも

全力で応援します!

 

 

 

2021年12月

12月。

年末という実感も無く

冬と言っていいのかも迷い、

季節の変わり目という

区切りが滲んで曖昧に

なっているように思うのは

私だけでしょうか。

 

さて、

まずは人の言葉を

丸パクリで記載します。

 

「あなたが車を一台持っていて、

一生その車にしか

乗れないとしよう。

当然あなたはその車を大切に

扱うだろう。必要以上に

オイルを交換したり、慎重な

運転をこころがけるはずだ。

ここで考えて欲しいのは、

あなたが一生に一つの心と

一つの体しか持てない

ということだ。常に心身を

鍛錬しなさい。けして心身の

手入れを怠らないように

しなさい。じっくり時間を

かければ、あなたは自らの

心を強化することができる。

人間の主要資産が自分自身

だとすれば、必要なのは心身の

維持と強化だ。」

 

アメリカの投資家、経営者、

資産家、慈善家である

ウォーレン・バフェット氏の

言葉です。

 

言い得て妙。

私は30年以上健康産業に

従事し、

健康を求め集まる人達に

言葉を尽くし大切なことを

伝えようとしてきました。

それでもなかなか伝わらず

無力感に苛まれ続けている

というのに。

 

もう、付け加える言葉は

ありません。

 

2022年、

何がどんな風に

起きるのか、変化するのか。

何が起きようと

私たちがまずやることは

主要資産である

心身の維持と強化です。

2021年11月

もう、11月。

今年もあと二ヶ月です。

 

二か月後には新年を迎え

多くの人が

「一年の計は元旦にあり」

ということで

何かしらの目標を立てる

ことでしょう。

 

例えば

早朝にランニングをしようと

決め、シューズも買い、

数回実行できたものの

たまたま雨が降ったことを

きっかけに

「今日は休もう。」

次の日も疲れを理由に

「今日はやめておこう。」

そうこうするうちに

目標を立てたことも忘れ

あっというまにもとどおり。

 

似たような経験は

誰でも一度はあるのでは

ないでしょうか。

 

習慣は人生を作ります。

三日坊主との戦いは

地味でありながら

人生に関わる

大戦でもあるのです。

 

ということで、

「習慣化」をテーマにします。

 

勉強、仕事、健康づくり・・・、

続けたいことは人それぞれかと

思いますが

ここでは健康づくりについて。

 

健康づくりは、

睡眠、食事、運動の三本柱に

支えられています。

 

そのすべては、

いかに良い習慣を続けるかに

よります。

 

質の良い睡眠、バランスの良い

適量の食事、適度で体に合った

運動。これを日々の習慣に

することで、歳を重ねれば

必ず訪れる病気や怪我を少し

遠ざけることができるのです。

“少し”ですが、この“少し”が

大差です。

 

例えば、運動。

これを嫌う人はとても多い

ですね。

いやいやなので、少しでも

楽をしようとしますが

残念ながら

“楽でない”のが運動の本質。

健康のために

「やらねばならない。」

と思って取り組む理性と

「辛い苦しいめんどくさい。」

という感情のせめぎ合いです。

ほとんど感情が勝ち

続かないわけです。

 

では、続けることは

不可能なのか。

 

ここで歯磨きを例に

取ります。

誰でも一日に一度は

歯磨きをしていると

思います。

まさに習慣です。

では、歯磨きは楽しいのか。

楽しくは無いし面倒ですよね。

それでもなぜ、続けられるのか。

おそらく

怠った末の虫歯という

悲惨な結末が

容易に想像できるし、

実際に痛みを味わったことが

あるからですよね。

口臭がきつければ

人に嫌われてしまう

かもしれないし。(笑)

つまり、マイナス面を

具体的にイメージできることが

我々を行動に突き動かして

いるのです。

 

そして、運動。

多くの人のイメージは

やった方がいいけど

やらなくてもいいものと

いったところでは

ないでしょうか。

運動しなくても

少し太ったり、何となく

体調が悪いというだけで

ダメージはあまりないと

思っているのでは

ないかと。

 

しかし、それは違います。

長年運動指導の現場にいる

実感として

現代人の運動不足は深刻です。

衰えるのは筋肉だけでは無く、

骨も循環機能も脳も衰えていく。

前述したとおり

歳を重ねれば必ず

病気をし怪我もします。

虫歯、歯周病同様深刻なこと。

それを少しでも遅らせる為にも

運動は必要なのです。

 

日本人の平均寿命と健康寿命の

差が約10年。

10年間病院や施設のベッドの上

で過ごすより

自分の力で動き、自由に

暮らせたほうがいいですよね。

 

歯磨きが虫歯や歯周病を

恐れることを原動力とするなら

運動は健康を失うという

恐怖を原動力にして欲しい。

 

ことの深刻さに気付くと

三日坊主との戦いにも

勝ち目が出てくるのでは

ないでしょうか。

2021年10月

暑いですね。

10月も中旬に

なろうかというのに。

 

私の記憶が確かならば

学生時代の冬服への衣替えは

10月だったように思うのですが

今は学生の皆様、どうして

いるのでしょうか。

 

さて、「健康管理」について。

 

なぜ、唐突に

このテーマかというと

つくづく考えさせられることが

あったからです。

 

私はここのところ

庭の雑草と格闘しています。

もう何年も手入れを

してこなかったので

あえて植えたものなのか

いわゆる雑草なのかも

区別できなくなっています。

そんなジャングルに私は

意を決して

足を踏み入れたのです。

 

作業中、

いろいろな困難がある中で

一番苦戦したのが

鉢を突き抜け根をおろした

私の身長をゆうに超える

サイズの「木」の移動です。

 

プラスチック製の鉢を

突き破り直径10cm程の根が

数本、土中にしっかり

根付いていたものだから

動かしたくても動かない。

 

それだけの根を

張っていたからこそ

大きく育ったんでしょう。

 

動かないけれど動かしたい。

大人2人で汗を流し

大格闘の末、最終的には

根をのこぎりで切って

何とか移動させることが

出来ました。

 

それ以外にも、

アスファルトから

生えた謎の木と

塀との間に挟まれた

大きな花の鉢植えが

抜けなくなっていたり、

うっそうとしていて

日の当たらないところから

アロエの鉢が

いくつも出てきたりと

驚くことばかりです。

宝探しのようで

楽しいのですが。

 

そんな酷い状態ですから

すぐには終わりません。

しばらく戦いは続きます。

そしてそのすべては

「ほったらかした」

報いなのです。

まめに手入れしていれば

ここまでの思いはせずに

済んだはず。

 

そこで「健康管理」

私の中でつながりました。

 

日々感じる疲れ。

その日のうちに

入浴、睡眠、食事などで

対処すれば次の日には

元気になれるはず。

 

でも、面倒だとか

忙しさを理由に

ケアをせず溜め込む

とします。

 

疲れが溜まれば

体のどこかに不調が

現れます。

 

そのSOSを無視し続けると

病気になったり

怪我をしたりと

おおごとになるのですね。

 

通院、入院、手術という

段階になって初めて

我に返るという感じ

でしょうか。

 

毎日のケアが

面倒だとしても

通院、入院よりはましなはず。

忙しいのならなおさら

病気や怪我に

時間を奪われたくないですよね。

 

では、どうしたらいいのか。

毎日、自分の体調や気分に

注目することです。

そして、気が付いたことがあれば

すぐにケアをしてあげる。

 

睡眠、食事、運動という

健康習慣の三本柱に

過不足が無いのか

チェックすることです。

 

「ほったらかし」は悪です。

私が身をもって感じたことです。

その代償は後を引き

木を倒すときに蹴り出した側の

腰が痛み、

自分で自分を治療中です。(笑)

こういう時に便利な職業です。

 

 

 

2021年9月

 

決断力について。

 

本日9月1日、
ここ静岡県は緊急事態宣言の
真っ只中です。

 

ここ数日は感染者数も

減少傾向。

でも、自宅療養者の死亡の

ニュースを見聞きする

ようにもなり、

まだまだ混乱の中にいるのだと

安心と不安の狭間を行ったり来たり

しています。

 

そんな中、

B-beeヘルス・ラボで行っている

ヨガのクラスも休止中です。

 

実は当初、8月21日~31日の

10日間の予定でした。

ところが、近隣の感染者数が

思う程減らず

念のため、延長したのです。

 

今回のコロナ騒動に限らず

台風などでも休止の判断を

しなければならないことがあり

決断力や行動力が弱い私に

とってはこれが苦痛です。

 

自分で考え自分で決定し

実行するということ。

大袈裟に言えば

責任を持つ、ということ。

 

コロナウイルスは目に見えず

感染予防の方法も

「これで100%大丈夫!」という

決定打もありません。

流れてくる情報の真偽を見極め

つつ、その都度行動を決めなければ

なりません。

それがお客様の安全を守るため

となると責任重大です。

 

今回の休止延長も

脳みそから汗がにじむほど

悩みました。

そして決定後もウジウジと

考え続けています。

 

決めるというのは私にとって

とても不快なことなのですが

ふと、思いました。

もしかすると決断力とか判断力、

忍耐力などの能力は

こういう経験の場数によって

鍛えられるのではないかと。

 

なんだか

筋トレと似ています。

辛くてきつくてギリギリの感じ。

その後の筋肉痛。

 

ある程度の負荷は

心身の成長に、

きっと必要なのですね。

2021年8月

暑いですね。

 

約50年前から普及が進み、

今や各家ひと部屋に一台

エアコン設置が

あたりまえの現代。

エアコンがあれば

部屋の中は快適、汗もかかない。

でも当然、私たちの体に

悪影響もあるのです。

自律神経が乱されるし、

筋肉量の少ない女性は

発熱量が少ない分、

冷えに悩まされることも。

 

約60年前から広がり

今や成人ひとりに一台が

あたりまえの車。

確かに便利で必要だけれど、

でも、私たち人間から脚力を奪い

公害を起こし、悲惨な事故も生む。

 

約20年前に現れ

あっという間に

人間を操る司令塔の座に

君臨したのは

スマホ。

電車の中で他の乗客を見ると

だいたい8~9割の人がスマホを

操作している。

自転車に乗った高校生3人が

信号待ちで止まった時

同じ姿勢、同じ角度でスマホを

のぞきこんでいた時には、

面白くもあり、悲しくもあり。

スマホが私たちから

知的能力を奪っている

という研究結果は数々あり、

何より衝撃的なのは

スティーブジョブズやビルゲイツが

我が子にスマホを持たせなかった

という事実。

 

私自身、エアコンも車もスマホも

さんざんお世話になっているので

急に無くなられても困るのですが、

それでも、メリットとデメリットを

理解し、依存せず、

正しい主従関係は

保っていきたいと思うのです。

2021年7月

不安感。

 

去年からの1年半は

不安感をベースに

過ごしてきたような

気がします。

 

コロナウイルス感染の不安。

そして今、

ワクチンを打つと

どうなるのか、

打たないとどうなるのか、

という不安。

 

1+1=2というように

正解があって、

共通認識があれば楽なのに

と思います。

 

少しでも正解に近づこうと

ネットやテレビを見ると

研究者、医師、著名人など

影響力の強い人たちが

持論を主張し、

それぞれがもっともらしくもあり

疑わしくもあり。

 

そんなあやふやな

世間の空気にのまれながら

右往左往しているわけですが、

それでも時間は容赦なく過ぎて、

気付けばもう7月。

 

 

コロナウイルスは

我々人類から命、健康のみならず、

時間をも奪っていきます。

 

これ以上、奪われないためにも、

コロナという敵の策略にはまらず

この状況ですら

有意義に過ごせるよう

心を落ち着けていきたいものです。

2021年6月

すでに梅雨。

ジメジメ、どんより、

そうかと思えば

ギラギラ照り付ける

日差し。

自律神経も

対応に追われます。

 

さて、唐突ですが

「合理」について。

 

先日、100均のダイソーに

行きました。

すると店内放送で

「コロナ感染予防の為

お客様が購入した商品に

シールを貼ることはしません。

レシートは捨てずにいて下さい。」

という旨のメッセージが

流れていました。

我が意を得たり。

私は心の中でガッツポーズ。

 

万引き防止の目的でしょう。

レジ袋に入れない商品に

一つひとつ店員さんが

清算済みの目印として

シールを貼ることが、

よくあります。

ただこれは、

コロナ感染予防もそうですが、

エコの面でも疑問です。

わずかであっても

ビニールゴミを増やしています。

そして買ったばかりの商品に

他人からシールを貼られるのは

気分のいいものではありません。(笑)

清算済みかどうかは

レシートを見れば明らかで、

捨てたとしてもすぐそこの

ゴミ箱でしょう。

完全に紛失したというのなら

それは本人の責任ということで

いいのではないでしょうか。

ダイソー、さすが大企業。

その無駄に気付いて

早々に対応したのですね。

 

私たちの生活の中には

慣習だからとなんとなく

続けている不合理が

多々あるのではないでしょうか。

今回のコロナ騒動は

それに気付かせてくれる

大きなきっかけになったとも

言えるわけです。

 

でも、もう充分です。(笑)

2021年5月

GW終了。

GW中は私の暮らす

静岡県沼津市も

大勢の観光客で

ごった返していました。

 

コロナ第4波のさなか

外出を控えろという

政府の呼びかけも

空しく、ある意味

予想通りの結果が出た

というわけです。

この現象を私は

「ダチョウ俱楽部の法則」と

名付けます。

押すなと言われて押しちゃう、

外出するなと言われて

外出しちゃう。(笑)

 

とある本で読んだのですが、

人間の脳の仕組みとして

否定形は情報処理されない

とのこと。

つまり“出るな”と言われたら

“出る”が認識されてしまうという。

 

2年目突入のコロナ騒動。

ワクチン接種も始まり

その是非も議論され、

溢れる情報の中自己責任で

自らの行動を決定して

いかなければなりません。

今ほど強力な決断力を

求められる事って

今後無いのではないか

と思うほどです。

 

自分にとってよい決断をする為には

まず、情報収集。

そして、集めた情報の精査。

それを理解した上で、選択。

何よりも、周囲のムードに流されず

自分が納得できる行動を

選んでいこうと思います。

 

2021年4月

春ですね。

暖かくなって、桜も満開、

春休みの中、友達と出掛ける

子供たちの姿をよく

見かけます。

周囲の華やかな空気の影響か

特別なイベントもない私ですら

なんとなくウキウキしてきます。

 

反面、コロナウイルスとの戦いは

一年を過ぎ長期戦に突入しました。

ウキウキ感と閉塞感が同時並行に

流れるなんともカオスな日々に

戸惑っています。

 

先日初めて、我が町を

ウーバーイーツが

走っているのを

目撃しました。

都会でのみ成立する

サービスと思っていたので

正直に言って違和感。

でも、直線道路を颯爽と

走る姿は、絵になっていました。

 

コロナ騒動によって

いろいろな物事が

形を変えていきます。

今までのやり方、考え方、

風習、伝統。それらに

固執するのではなく

新風をしなやかに受け入れて

自らも日々変化していこうと

思います。

2021年3月

もう、3月です。

気候変動で四季があいまいになり

コロナ騒動の影響で

季節のイベントも無い

のっぺりとした日々の中、

気付けばもう3月。

時の流れは高速です。

 

私が仕事の場で長年心掛け

実践していることが

あります。

それは、「時間を守る」ことです。

運動指導者という職業柄、

そのクラスが

何時に始まり何時に終わるのか

という主導権をこちら側が

持つことになります。

もちろん、○○時~○○時という

大枠は施設のスケジュールで

決まっているのですが、

指導者の都合や気分で終了時間が

5分10分超過することもままあり、

指導者も参加者もそれをサービスと

思っていたりもします。

 

でも、時間は有限です。

「生老病死」。

仏陀が説くように

人は老いて病んで死ぬわけで

ろうそくが溶け落ちるように

線香の火が燃え進むように

人生の残りの時間を刻々と消費して

いるのです。

 

その有限な時間をむやみに人から

奪いたくない。

たかだか5分10分でも、

二度とは戻らない、

また、積み重なれば大きくもなる

大切なものだからです。

 

ただ私の場合、この感覚は仕事に

おいてのみ発揮され

私生活では時間を浪費しまくって

いるわけで。ダラダラと過ごしては

仕事を溜め込みギリギリにこなす

「夏休みの宿題8月31日型」です。

2021年2月

明日2月2日は節分ですね。

節分といえば鬼、

鬼といえば「鬼滅の刃」。

「鬼滅の刃」といえば

丹次郎の黒と緑の市松模様。

漫画もアニメも映画も観ていない

私ですら、連想してしまいます。

 

そんなことをぼんやり思いつつ

歩いていたら、近所のお宅の屋根が

黒と緑の入り混じった柄であることに

今さらながら気付きました。

その家の住人は

「鬼滅の刃」のフアンなのでしょうか。

それとも、偶然か。

 

あるお坊さんの話の受け売りですが、

節分の鬼は貪瞋痴(トン・ジン・チ)という

煩悩を表しているそうです。

貪はむさぼり。瞋は怒り。痴は愚かさ。

仏教では赤鬼、青鬼、そして黒鬼でその煩悩を表し

自分自身の中にいる鬼達を

外に追い出すのが豆まきの

「鬼はそと、福はうち」

であると。

追い出されたからといって鬼は消滅せず

また人の心に入り込むというしつこさ。

 

コロナ禍でまだまだ落ち着かず、

自分の中にも外にもモヤモヤした空気が

漂っているのは、

この鬼達の仕業かもしれません。

ならば明日の節分は大量の豆を買って

たとえマスクの下であっても

「鬼はそと、福はうち」と大絶叫して

盛大に鬼退治、というのは

いかがでしょうか。

2021年1月1日狩野川堤防からの富士山
2021年1月1日狩野川堤防からの富士山

2021年1月

 

あけましておめでとうございます。

 

2020年は、コロナウイルス感染症に

始まり、おさまる気配も無いままに

あっという間に過ぎた一年でした。

 

2021年、まだまだ気を緩めることは

できません。

ウイルス感染も、気候変動も、

大災害も、個人の力では

どうにもなりません。

 

できることは、目の前に起きた事象を

慌てず騒がず受け止めて、その都度

ベストを尽くして対処すること。

 

地道な努力の先に

穏やかな毎日が訪れると信じ、

でも期待しすぎず

過ごしていこうと思います。